宇宙兄弟に学ぶ7つの習慣(第1の習慣:主体的である)

投稿者: | 2020年10月3日

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7つの習慣を大きく3つのパートに分けると、第1~第3の習慣の私的成功パートと第4~第6の習慣の公的成功パート、そして第7の習慣の刃を研ぐ、という3部構成になっています。ここでは第1の習慣の内容と、宇宙兄弟から学べるシーンについて説明します。

刺激と反応の間

人間はものごとを観るときに、何かしらのパラダイムで見ていることは前回お話しました。そして、自分自身が何らかのパラダイムを持っているということを認識することが大事である、と説明しました。この、自分自身が何らかのパラダイムを持っていることを客観視できることを、コヴィー博士は「自覚」という能力のなせるわざであると説明しています。

刺激と反応の間には「選択の自由」が存在する

博士は続けます。

人間を人間足らしめているのは、感情でも、気分でもない。思考ですらない。自分の感情や気分や思考を切り離して考えられることが、人間と動物の決定的な違いである。この自覚によって、人間は自分自身を見つめることができる。

本書P.75より

しかし、世間に広く受け入れられているのは、以下の3つの社会的な地図であるとのこと。すなわち、

  1. 「あなたのその意地悪な性格はおじいさん譲り」という遺伝子的決定論
  2. 「僕が人前にでるとあがってしまうのは、親の育て方のせいだ」という心理的決定論
  3. 「この国の政策がいい加減だからいつまでたっても給料が上がらない」という環境敵決定論

というものです。

これらは、どれも「刺激/反応理論」に基づいています。つまり、何らかの外的要因が”必ず”物事を引き起こす、という理論です。一見正しいように見えますし、実際私たちもよくこの手のことを口にすることでしょう。しかし、果たして本当にこれは正しいのでしょうか?

本書の中では、以下のような例えで説明がされています。

ユダヤ人である精神科医のヴィクトール・フランクルは、第2次世界大戦時にナチスドイツの強制収容所に送られた。彼の両親、兄、妻は収容所で病死し、あるいはガス室に送られた。妹以外の家族全員が亡くなった。彼自身も拷問され、数しれない屈辱を受けた。

ある日のこと、フランクルは裸にされ、小さな独房に入れられた。ここで彼は、ナチスの兵士たちも決して奪うことのできない自由、後に「人間の最後の自由」と自ら名付ける自由を発見する。フランクル自身は、どのような目にあっても、自分の状況を観察者としてみることができたのだ。彼のアイデンティティは少しも傷ついていなかった。何が起ころうとも、それが自分に与える影響を自分自身の中で選択することができたのだ。自分の身に起こること、すなわち受ける刺激と、それに対する反応との間には、反応を選択する自由もしくは能力があった。

本書P.79より一部改変して引用

つまり、刺激と反応の間には「選択の自由」が存在する、ということを示しています。自分の身の回りでどんなことが起き、それが自分にどんな刺激を与えようとも、その刺激に対する反応は「自分自身で自由に選択できる」ということです。

コヴィー博士は、「主体性」の定義として、「人間として、自分の人生の責任を引き受けることを意味する。私達の行動は、周りの状況ではなく、自分自身の決定の選択の結果である。」と説明しています。

どんな刺激を受けようとも、その刺激に対する反応は「自分自身で選んだ結果」である、ということですね。

このことを、宇宙兄弟のワンシーンから考えてみましょう。

It’s a piece of cake !

「It’s a piece of cake !」

この言葉は、ムッタとヒビトの育ての親とも言える天文学者、カネコ・シャロン博士からムッタが小学生の頃に教わった言葉です。当時のムッタは「自分のことをダメ人間だ」と考えていて、「僕はいざというときに役にも立たないダメ人間です」という表現を将来よく使うことになりそうだからとシャロン博士にその英語表現を聞きました。

そのときにシャロン博士が返した言葉がこの「It’s a piece of cake !」です。

時は流れ、ムッタは宇宙飛行士候補生として訓練を送る日々。そんなときに、シャロン博士がALS(筋萎縮性側索硬化症)を患ってしまったことを知ります。あまりものショックで小型飛行機訓練のための筆記試験で過去最低点を叩き出してしまいまいした。

小さな頃からお世話になり、宇宙の魅力や宇宙に関わることのすばらしさを教えてくれたまさに育ての親が、数年後に死を迎える可能性の高い難病にかかってしまったという「外的要因」に「刺激」をうけ、素直に激しく動揺するという「反応」をしてしまったのです。普通に考えたら誰でもそうなりますよね。

こんな状況下にあって、シャロン博士本人はムッタに以下のようなメールを送ります。

私は明日から張り切って月面望遠鏡の政策手順書を作っていきます。私のことは心配しないで訓練頑張ってね、ムッタ。
私も、3年後か、4年後かに、あなたに別面望遠鏡建設計画のすべての説明を伝えに行く予定です。

覚えることだらけよ。覚悟はいい?

シャロン博士自身の覚悟が感じられる一幕ですね。

ムッタは、シャロンを元気づけるような文章は考えても考えても生み出せず、「It’s a piece of cake !」
とだけ返信します。

この言葉の意味は、「楽勝だよ!」なんです。

どんな苦境という刺激を受けても、それに対する反応は自分で「自由に選択」をすることができる。という示唆を具体的に示している例ではないでしょうか。

関心の輪/影響の輪

「人間として、自分の人生の責任を引き受けることを意味する。私達の行動は、周りの状況ではなく、自分自身の決定の選択の結果である。」という主体性を持って意思決定をし、刺激を受けても主体的に反応を「自らの意思で選択する」ことについて説明してきました。

そして、どれだけ自分が主体的であるかを確認するための概念が、これから説明する「関心の輪/影響の輪」です。

まず、誰でも広くさまざまな関心事(懸念することから興味のあることまで)を持っています。この、「関心のあること」とそれ以外の事を分けるために、大きな丸を一つ書いて関心の輪としましょう。関心の輪の中にあるものは、自分が何らかの関心を持っているもので、その外にあるものは関心のない領域です。

そして、関心の輪の中にあるものには

  • 自分でコントロールできるもの
  • 自分自身ではどうしようもないもの

の2つがあることにも気づくと思います。

この、自分自身でコントロールできるものを関心の輪の中にもう一つの輪を描いて「影響の輪」と呼ぶことにします。コヴィー博士は、この2つの輪のうち、自分の時間と労力を主にかけているのはどちらか、それによって主体性の度合いがわかると説明しています。

もうおわかりだと思いますが、主体的な人は、影響の輪の領域に労力をかけています。自分自身がコントロールできるところに労力を割き、自分自身が同しようもないことには無駄なエネルギーは使わない、ということですね。

たとえば、2020年10月現在、年初から世界的に蔓延している新型コロナウィルスに関して、毎日のように新規感染者数が報道されています。嫌でも耳に入ってきますし、仮に自分が感染したらと考えると、非常に関心のある内容になると思います。したがって、この内容は関心の輪の中にあるものです。

では、新型コロナウィルスに対して自分のコントロールの及ぶことというと、どういう物があるでしょうか?

私の考えですが、新型コロナウィルスに対して自分でコントロールできることは

  • 手洗いうがい、こまめなアルコール消毒を日常的に行う
  • 外出する時はマスクを着用し、飛沫感染および他者への無自覚な感染拡大を防ぐ
  • なるべく密になる環境にはいかない(満員電車は避ける、飲み会は行かないなど)

この3つぐらいです。テレビで報道されているような、毎日の新規感染者数、や実行再生産数、PCR検査を増やす・増やさない問題などは、関心はあっても自分の力ではどうしようもないことです。この自分ではどうしようもないことに気を取られて過度に心配をしたり、SNS上で根拠のない発言をしたりすることは影響の輪を狭めてしまう行為であって好ましくありません。なぜなら、過度に心配をしても、SNSで騒いでも、自分に関わることは何も好転しないからです。

関心の輪と影響の輪でいうと、テレビで騒がれているようなことはあまり気にせずに、上記した3つの点だけに集中して影響の輪を広げていく姿勢が大事、ということですね。

できることだけに集中しようと決めたムッタ

さて、この関心の輪と影響の輪について、宇宙兄弟での具体的なエピソードを見ていきましょう。

宇宙飛行士になるための訓練は順次進んでいき、ムッタはいよいよ月に向かうための訓練に入ることになります。月面に見立てた海底の居住施設で宇宙飛行士の仲間と共同生活をし、海底に建造物を作るというNEEMO(ニーモ)という訓練です。

この訓練で、ムッタは宇宙飛行士選抜試験時から息がぴったりで、親友としてお互い尊敬しあっている「ケンジ」と一緒にミッションを進めていくことになりました。

息ピッタリな二人を中心にチームワーク高くミッションを進めていく中で、ムッタとケンジは残酷な現実を先輩飛行士から告げられます。

「この訓練で、月に行ける人間はムッタとケンジのうち一人だけ」

この残酷な事実をきっかけに、親友の間がギクシャクしていきます。ムッタはシャロンの設計した月面望遠鏡を実現するためになんとしてでもなるべく早く月に行きたい。ケンジは家族のためになるべく早く月に行きたい。そして、お互いがお互いの熱い想いを知っているだけに、どうしたらよいかわからないジレンマに陥ります。お互いがお互いに、「二人で一緒に宇宙に行きたい」と心底思っていたからです。

そんな時、同じチームのアンディとの会話で、ムッタは大事なことに気づきます。

ムッタ:「なぁアンディ、俺かケンジのどっちかしか月に行けないってのは、この先ずっとの話なの?わかんねーんだよ、全く・・・何回選ばれなくても何年後かには月に行くチャンスがあるのか・・・ないのか・・・。」

アンディ:「さぁな、そこまでは俺も知らん。というより・・・上がいつ誰を何のミッションにアサインするかなんてことは、誰にもわからんことだ。」

アンディ:「俺は去年のISSミッションが初フライトだったわけだが・・・ずいぶん待たされた。同期の奴らがどんどん先に選ばれる中、なぜ俺だけ選ばれないのか、考え苦しんだ時期もある」

ムッタ:「それで・・・アンディはどーしたの・・・?」

アンディ:「考えるのをやめたさ」

宇宙兄弟16巻より

極論、自分がただ伸長がでかいだけでミッションにアサインされないのではとまで悩み苦しんでいたアンディは、目の前にある訓練や仕事に没頭して頭を一杯にすることで、余計なことを考えないようにしたのです。

これはちょっと荒療治ではありますが、自分がコントロールできることに集中する、つまり影響の輪を広げることと同じ意味があります。

そして、それからムッタは自分が必要だと思っている月面望遠鏡の設計と海底での設置シミュレーションに没頭します。アンディと話すことで、先のことを考えるのを一旦やめ、今できることに集中したのです。

そして、偶然空気の補給でケンジと二人きりになったとき、ケンジにその事を告げます。

「今この訓練が、どうやったら最高のもんになるかだけを考えることにした」

ムッタの影響の輪が広がった瞬間です。

この出来事をきっかけに、二人の間のギクシャクした関係はなくなり、お互いに訓練を最高のものにするために協力するようになるのです。

ムッタだけではなく、ケンジの影響の輪も広がっていったわけですね。

こうしてみると、影響の輪が広がることは、他の人にも好影響を及ぼし、その人が自分のできることに集中することでの影響の輪を広げる作用があるのかもしれません。

いかがでしたか?

第1の習慣「主体的であること」で特に重要な考えである、刺激と反応の間には選択の余地があるということ、そして関心の輪の中で影響の輪の範囲を広げることについて説明しました。

本書で読むとさらに深い気付きが多く得られます。もし興味を持たれたら本書を読んでみてください。

次は第2の習慣「終わりを思い描くことからはじめる」について、また宇宙兄弟を題材に学んでいこうと思います。

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