ゲームで戦略思考を鍛える!(MBA導入合宿)

投稿者: | 2019年4月7日

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ビジネスに使う戦略思考のようなスキルがゲームなんかで鍛えられるのか?と思った方も多いでしょう。結論から申し上げます。めちゃくちゃ鍛えられます。一橋大学MBAの導入合宿で行ったディプロマシーというボードゲームを使った体験談をお伝えします!

ゲームの設定と大まかなルール

ゲームの舞台は20世紀初頭のヨーロッパ。 プレイヤーは、第一次世界大戦前夜における7つの大国(イギリス、ドイツ、ロシア、トルコ、オーストリア-ハンガリー、イタリア、およびフランス)から1つの国を選んでその国が勝利できるようにゲームを進めます。7人いないとできないわけではなく、極論2名からでもできますが、7名以上(数名で1つの国を担当)のほうが議論が白熱してゲームとしても盛り上がります。

  • 勝利条件
    1914年春~1918年秋の10ターンの間に、各国内の諸領域にあるサプライセンター(以下、SC:秋のターンで占領することにより、陸軍や海軍のコマを増やすことができる)を最も多く確保した国が戦勝国となる。
  • ユニット(コマ)
    各国は初期状態(1914年春)に陸軍2コマ、海軍1コマを所有します。例外としてロシアは陸軍と海軍それぞれ2コマ、イギリスは陸軍1コマ、海軍2コマです。
  • 陸軍と海軍の違い
    陸軍は陸路しか進めません。そして海軍は海岸線と海上にしか進めません。また、海軍は陸軍より1つだけ多くの種類の司令を出せます(コンボイ:陸にいる陸軍の橋替わりになって、陸軍を対岸に渡す)
  • ゲームの進め方
    各国は全コマに対して「侵攻・防衛・支援」の指令を出します(何もしないという司令はない。必ずなにか司令を出さないといけない)。
  • 基本的な攻め方、守り方
    基本原則はざっくり行って以下2つです。
    • 同時に接しているコマの数が多いほうが勝ちます。同数は引き分けです。
    • 支援は侵攻よりは弱い、という原則があります。
  • 具体例
    たとえば、フランスとイタリアの隣接する地域、マルセイユとピエモントの攻防戦を考えてみましょう。マルセイユに対してピエモントのイタリア陸軍が侵攻し、マルセイユの陸軍が防衛した場合、1対1なので引き分けとなり、イタリア陸軍はマルセイユへの侵攻に失敗し、ピエモントに戻されます。
    この際、たとえばマルセイユに接しているリヨン湾(海)から、イタリア海軍がイタリア陸軍に対して支援を出していたらどうなるか?イタリア2対フランス1となり、イタリアはマルセイユの奪取に成功します。マルセイユにいたフランス陸軍は消えるわけではなく、内陸隣接する別地域に退却させられます。

私のチームが採った戦略

総勢60名近くのメンバーが宿泊研修施設「セミナーハウス クロス・ウェーブ府中」に集まり、30名ずつの大きなグループに分けられました。その30名をさらに一国あたり3名~4名のチームに分割して戦いがスタートしました。

私が受け持ったのはイタリア。他2名の同士と一緒に勝ち抜こうと誓いあったわけです。

さて、我が国イタリアがとった戦略を先に申し上げておきます。

『ドイツと結託して不可侵の盟約を結ぶことでイタリア東側への参入障壁を築く。そして 西側にSCを持つ地の利を活かし、敵のいない新境地(チュニス、スペイン、ポルトガル)を獲得し、最終的にドイツとフランスをはさみうちにしてトータル8~10個のSCを獲得する』

というものでした。この「戦略を先に決めておく」という行為をやるのとやらないのでは、ゲームをやったあとでの学びが全く違ってきます。事前に戦略を描いていたら、終わったあとその戦略がうまく行ったのか、どううまく行ったのか、うまく行かなかったのならその理由はなにか、どうすればよかったのかなどを振り返ることができるからです。

序盤~中盤の戦い

上記の戦略にくわえ、オーストリア-ハンガリー ともゆるくではありますが相互不可侵の盟約を結ぶことでイタリア東側に参入障壁を築いた我々は、当初の計画通り、ドイツとともにフランスを攻め立てました。

しかし、話はそううまくは行かないもの。フランスもちゃんと手を打ってきています。強固な英仏同盟を結び、イギリスにドイツの背後を狙わせていたのです。これによって、ドイツはフランスへ攻め込む戦力を集中できず、南北に分散せざるを得なくなりました。

結果として、フランス対ドイツ戦線は膠着、そしてイタリア対フランス戦線も膠着状態に陥りました。

一方で他国に目を移すと、 イタリアと相互不可侵の盟約を結んだオーストリア-ハンガリー が思い切りギリシャに攻め込んでいました。そして、 オーストリア-ハンガリー はうまいことにロシアと共闘してトルコを潰しに行っていました。これによって徐々に オーストリア-ハンガリー のコマ数が増えてきたのは、たとえ不可侵の盟約を結んでいるとはいえ、驚異と言わざるを得ませんでした(裏切るのも当然ありだからです)。

終盤の戦い

膠着状態になった フランス対ドイツ戦線では、ドイツがロシアと薄い盟約を結び、イギリスからの攻撃に対する防衛支援を取り付けてなんとか北岸を死守。一方同様に膠着状態のイタリア対フランス戦線では、何度にも渡るマルセイユ攻防戦が繰り返されるも、スペインを獲得したフランスからの支援によりイタリアがマルセイユを奪取することはなかなかなりません。

そうこうしているうちに、国力を上げてきた オーストリア-ハンガリーがイタリア東部を脅かし始めてきました。こうなると戦力を東にも向けざるを得ず、一度 リヨン湾からの支援によりマルセイユを獲得するも、フランス内部からの大反撃にあい、退却を余儀なくされてしまいました。

かくして、当初描いていた盤面を完成させるべく戦略を実行に移したわけですが、イギリスによるドイツへの攻撃、終盤の オーストリア-ハンガリーによるイタリア東部侵攻により戦力を東西に分散させられました。そして、最終ターンの1918年秋にはイタリアはローマまでの退却を余儀なくされ、そこでゲームは終了となりました。

午前中は練習、本番は午後からはじめて、20時までぶっ続けというかなりのハードワークでしたが、日頃使っていない脳をフル回転させるのは大変心地の良いものでした。

反省点や気付き

大変多くの気付き、そして反省が得られました。時間が経てばまた追加で出てくるかもしれませんが、取り急ぎ現段階で思いつくものだけでも書いておきます。

  1. 当初立てた戦略をうまく機能させるにはどうすればよかったか?
    イギリスと交渉し、フランスと協力させない。対価として、イギリスがドイツを攻めた場合は支援する、という終盤になって効いてくる盟約を結んでおく(序盤~中盤はドイツと共闘体制を取る)。英仏同盟を崩さないことには今回の自分たちの戦略は達成できなかったので、早めにイギリスに持ちかけておく必要があったと考える。
  2. 自分たちの戦略の転換点があったとしたらどこか?
    早期にオーストリア-ハンガリーを裏切り、ウィーン方面に戦線を広げるという選択肢はあったように思う。しかし、この戦略は地の利を活かせておらず、西側が手薄になりフランスに攻められる可能性が非常に高いためおそらく無理筋。あるいは、フランスと共闘という手もあったかもしれない。なぜなら、西の脅威を遠ざけ東に集中できるからである。ただし、この手の場合、ドイツーオーストリアを境にしてフランス戦線がドイツ側に、イタリア戦線がオーストリア側に向くわけだが、手駒が分散しがちなので途中で防衛戦を繰り返すことが想定される。その結果、1位を取るのは難しくなるのではないか、というのが私の考察である。
  3. 優劣を決定づける自国あるいは他国の一手は何だったか?
    1. マルセイユを奪取した一手。ドイツとの共同戦線にはマルセイユの奪取が必要条件だったため(ただし、オーストリアからの侵攻を防ぐため結局奪還される)。
    2. ブレスト(フランス)から海軍が中部大西洋に出た一手。この一手により、スペインおよびポルトガルを含めた西方の制海権を握られたため。
  4. 体感することができた戦略に関する命題はなにか?
    1. 方針転換のタイミングの重要さ。他国との交渉も含め、早めに先手を打つ必要があった。
    2. 感情によるバイアスが論理的思考を惑わせた。本来の自分たちの戦略目標に立ち返って落ち着いて考える必要があった(「そもそも自分たちはどうしたいんだっけ?」という問いかけ)
    3. 自国目線も当然大事だが、もし自分が他国の将だったらどう攻めるかを考えた上で自国の打ちてを変える必要はあった。
    4. 最初に立てた戦略にこだわりすぎないこと。相手の動き方によって柔軟にゴールイメージを変える事ができるともっといい戦いができたかもしれない。

非常にボリューミーなエントリになってしまいました。というのも、MBA合宿が終わった今頃知恵熱と言うか脳みそが興奮していて、とにかくアウトプットして残しておかないと夜眠れなさそうだったからです(笑)

さて、ディプロマシーを使った戦略思考の鍛錬、いかがでしたか?ボードゲーム好きな人は、仲間を集めて休日をまるまる使ってやっている人もいるようです。

ご興味のある方は是非トライしてみてくださいね。

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