パワハラ問題を言語化技術の面から考えてみた!

投稿者: | 2018年9月23日

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2018年、東京オリンピックに向けてあと2年というところまできて、スポーツ界の不祥事が目立つようになりました。日大アメフト部、女子レスリング、日本ボクシング連盟、女子体操などなど。共通しているのは、指導者からプレーヤーに対するパワーハラスメントです。

プロスポーツにおいては、現在はプレーヤーと指導者との関係は対等に近くなってきています。特に、テニスなどの個人競技においては、指導者はプレーヤーから雇われる立場でもあります。ですから、指導やアドバイスをすることはあっても、選手の成長に直接つながらない行為は断じて行いません。

私は今回の騒動を別の側面から見ていました。それは、スポーツにおける言語技術です。

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言語化技術が弱い日本のスポーツ

言語技術というと難しそうですが、簡単に言うと「選手が試合やプレーの目的・背景などを自分の言葉で説明できること」です。なぜこのような側面で見ていたかというと、パワハラの背景には根性論だけではなく、「スポーツ全体として言葉で伝える力の弱さ」を感じたからです。

特に武道の試合で多いように感じますが、たとえば柔道の試合の後の選手インタビューを思い出してみてください(勝ち負けは関係ありません)。ほとんどが、「努力したから勝てた」「努力が足りなかったから負けた」という感じ。つまり、「根性」に言及したものです。マスコミや視聴者のウケがいいのはたしかに「一生懸命頑張りました」という言葉でしょうが、「根性しか教えてないのか?」と感じてしまいます。

一方で、サッカーは少々違います。Jリーグの設立時から、国内外で活躍できる選手を排出できるうように、教育機関を立ち上げ、選手の育成に取り組んでいます。その中で重要な位置を占めるのが言語化技術なのです。

元日本サッカー協会副会長の田嶋幸三さんは、著書「「言語技術」が日本のサッカーを変える」の中で、以下のように述べています。

「日本サッカーに足りないのは自己決定力であり、その基盤となる論理力と言語力である」

先進的な取り組みをしていると思われるサッカーでさえこのような状況、他のスポーツは言うまでもないでしょう。

言語化技術が高まればスポーツ界のパワハラ問題も軽減する

試合の後などの選手のインタビューに注目してみましょう。サッカー以外のスポーツでは、「相手がこう攻めてくるだろうから自分はこういうふうに行こうという戦略があって、それがハマった。だから勝てた。」とか、「このような流れになるのは想定外だったが、このような対処をした」とか、選手自身の考えはほとんど出てきません(もしかしたらあるのかもしれませんが)。

一方で、言語技術を導入した指導に力を入れているサッカーは対照的です。先日ベスト16入りしたロシアW杯の際、選手や監督は以下のようにインタビューに答えました。

「今回はこういうシステム(陣形)を取りました。早めにプレスしてボールの支配権を握るのがあの相手には有効だと考えたからです。」

「見ている方にはあまり面白くないゲームだったかもしれませんが、その先に行くことを最優先した際の戦略を撮ったまでです」

このように、監督、そして選手の考えおよび意図がはっきりとインタビューの答えに現れています。さすが言語化技術を鍛え続けているサッカー、かなり言語技術が進んでいると思いました。直前まで指導者が外国人だったため、なおさら言葉に対しては敏感になるでしょう。日本特有の「なんとなくこうだろう」は通用しません(日本特有の曖昧なまま通じ合う文化は、特に団体競技に大きなプラスをもたらすとは思いますがここでは言及しません)。指導者が外国人であることや、大人数でプレーすることなどの他の要因も多くありますが、サッカーのほうが他の競技より言語技術が進んでいるのは明らかです。

おそらく、今回パワハラ問題がやり玉に挙がった競技の世界(特に日本)では、言語を通じた論理的な指導が行われていないのでしょう。監督が、選手同士が、お互いに相手にわかるように指導やアドバイスをおこなっていない。言葉で伝えきれないから、感情先行で根性論ばかりが表に出るようになり、言葉で伝えきれないからつい手が出る。想像でしかありませんが、今回の体罰騒動もこのような流れではないでしょうか。

体罰や過度の激励を交えた指導法では、我慢強さこそ身につきますが、相手がどのような戦略を取ってきて、それに対して自分はどう戦略を立ててどう戦うか、という思考力は身につきません。全く別物だからです。

プレーヤーは選手自身なのだから、選手自身が自身の力で考えることができるように導くのが指導者だと僕は思います。どうしてこの局面でこういうプレーをしたのか、理由や背景はあるのか、などなどを徹底的に考えて選手同士で議論できる素地をつくるための問いかけを行うこと。技術は後からついてきます。

スポーツには、徹底的に考える脳の体力が必要なのです。このことを早く日本のスポーツ界にはわかってもらいたいですね。

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